カカオごとは、どこから生まれたのか
- 2024年4月22日
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更新日:2 日前
ドミニカ共和国 カカオマスタークラスでの8日間

San Francisco de Macorrís, Dominican Republic 2023
カカオごとを立ち上げる5ヶ月前のことです。
前の仕事を辞め、自分の進む道を改めて考えていた時期に、ドミニカ共和国で開催されるカカオマスタークラスへの参加が決まりました。
何かを探していた、というより、自分の中にあるものを確かめに行った旅だったのかもしれません。
世界中のカカオ関係者が、同じ場所に集まった
主催は、スペシャリティカカオを取り扱うCacao Latitudes。
カカオ生産者、研究者、ショコラティエ、チョコレートメーカーなど、世界各国からカカオに関わる人々が集まる国際教育プログラムで、私はその初回プログラムに参加する機会をいただきました。
8日間、大学での講義とカカオ農園での実践を組み合わせながら、カカオ産業全体を体系的に学びます。
カカオの歴史や植物学から、農園管理、発酵と乾燥、認証制度、物流とマーケット、品質評価まで。
参加者はカカオ農園経営者、メーカーオーナー、ショコラティエ、大学教授など多種多様。
国籍もアメリカ、タンザニア、ガーナ、ドミニカ共和国、イギリス、オーストラリア、フランス、トリニダード・トバゴと様々で、カカオ産地の人間も消費国の人間も、同じ場所に集まっていました。
日本人は私一人でした。
朝から晩まで、カカオの話をしている人たちの中で

このマスタークラスで最も印象に残ったのは、参加者全員のカカオに対する熱量の高さでした。
滞在先が同じだったこともあり、朝食の席でも、移動中も、夜の食事の後も、話題はカカオに戻ってきます。
議論が白熱すると意見が平行線になっても誰も引かない。
自分の経験と考えを、真剣にぶつけ合っている。
そんな環境に身を置いたのは、人生で初めてのことでした。
Zorzal Cacao での実践講義

実践講義は Zorzal Cacao で行われました。
2012年にチャールズ博士によって設立されたスペシャリティカカオ企業で、自然保護とカカオ生産を両立させる取り組みで知られています。
社名の「Zorzal」は絶滅危惧種の鳥 Bicknell's Thrush に由来しており、その生息地を守るための森林保全活動も行われています。

発酵施設では、豆が発酵箱の小窓から次の箱へと移動していく仕組みを実際に見ながら講義が行われました。

空気を均等に行き渡らせながら発酵を進めるこの方法は、長年の試行錯誤によって築かれたものです。

発酵後のカカオ豆は、重ならないよう丁寧に広げられ、均一に乾燥されていきます。
カカオ栽培と自然環境

カカオは直射日光に弱いため、シェードツリーの下で栽培されます。

Zorzalでは自然の森林をそのまま活かしながらカカオを育てており、折れてしまった木に接木して新しいカカオを育てる方法も見学しました。
森の中の一夜

Zorzalの保護地域は、発酵施設から少し離れた場所にあります。
そこに山小屋があり、一泊しました。

夜はキャンプファイヤーを囲み、森の中を散歩しながら参加者と話す時間。
講義でも議論でもない、ただカカオが好きな人間たちが森の中にいる夜でした。
学生に戻ったような感覚でした。
発酵の違いが、味を変える

テイスティングの講義で印象に残っているのは、発酵日数の異なるカカオマスを砂糖なしで溶かしただけの状態で食べ比べたことです。
いつも口にするのは出来上がったチョコレートです。
発酵という工程が味にどれほどの影響を与えるか、頭では知っていても、こうして直接食べ比べたのは初めてでした。
発酵の違いで、これほどまでに味と色が変わるのかと、改めて実感しました。
カカオは奥深い。その奥深さを、五感で知った瞬間でした。
産地の声が、刺さった

議論の中で、忘れられない場面がありました。
ドミニカ共和国の農園をサポートしている参加者が、涙ながらに話していました。
農園の実態が、正確に世の中に伝わっていない、と。
生産者がどんな仕事をして、どれだけの労力と想いをカカオ豆に注いでいるか。
その現実が、消費者には届いていない。
肌で感じてきた人の言葉は、カカオ産地とは縁遠い日本から来た私に、深く刺さりました。

ガーナでカカオ組合のサポートをしている参加者からも、重い話を聞きました。
メディアがガーナを訪れ、その場の一瞬を切り取って放映する。
子どもが映っていれば児童労働問題として世間に広める。
そうした実態がある場所も確かに存在します。
しかし、そうではない場所までそのように描かれ、それを利用して資金を集める人たちもいる。
集まったお金はカカオ農家には還元されず、結果として負の連鎖が続く——という現実です。
日本はガーナ産カカオ豆を多く使っている国です。
しかしその実態を正確に知ることは難しく、メディアの情報に振り回されやすい。
産地に行き、現地で関わる人々の声を直接聞いて初めてわかることが、確かにあります。
正確に伝えること。
それが、カカオに関わる者の責任だと感じた瞬間でもありました。
カカオセレモニーに、決まった定義はない
8日間の中で、参加者との会話から思いがけない話を聞きました。
マヤ時代に行われていたカカオセレモニーが、現代で徐々に復活しているというのです。
現代で行われているカカオセレモニーの存在を、私はその時まで知りませんでした。
マヤ時代のカカオセレモニーについては知っていましたが、それが今に受け継がれているとは思っていなかった。
興味を持って、その参加者に聞きました。
カカオセレモニーの定義ってあるの?と。
答えは、
厳密な定義はないらしい、と教えてくれました。
その時は、そうなんだ、と思うくらいでした。
しかしこの言葉が、帰国後に思いがけない形で動き始めることになります。
カカオごとの始まり
帰国後、改めて自分の人生を振り返りました。
前の仕事を辞め、これから何ができるのかを考え続けていた時期です。
自分にできること、自分にしかできないこと。
そう問い続けていく中で、一つの答えが見えてきました。
ずっと携わってきたカカオと、小学校から祖母に教わってきた茶道。
自分の中にあった二つが、ここで初めて結びつきました。
カカオセレモニーに決まったルールはないと聞いたあの言葉が、背中を押していました。
カカオごとが世の中に生まれたのは、このマスタークラスから5ヶ月後のことです。


































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