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読みもの


カカオと、静かに向き合うということ
チョコレートを口にしたとき、なぜかほっとしたことはありませんか。 あの感覚の正体が、ずっと気になっていました。 チョコレートが好きになったのは、ベルギーに住んでいた頃でした。 本場のチョコレートの美味しさに触れ、 これまで知っていたものとはまったく違うと感じたのを覚えています。 ただその時はまだ、チョコレートが「カカオからできている」ということを、 深くは理解していませんでした。 転機になったのは、2014年に飲んだ一杯のドリンクでした。 カカオと砂糖だけで作られた、シンプルなもの。 濃厚で、まるでエスプレッソのような力強さがあり、 口にした瞬間、驚きました。 こんなものがあるのか、と。 その日から、チョコレートではなく、 素材としての「カカオ」に、興味を持つようになりました。 カカオを知るほどに、その奥深さに引き込まれていきました。 産地によって香りが異なり、 発酵や焙煎によって味わいが変わる。 それまで"甘いお菓子"だったチョコレートが、 土地の記憶、文化の積み重ね、人の手仕事が重なり合った存在として、 少しずつ見えるようになっていきました。


カカオ一服という時間
チョコレートを、飲む。 その発想は、実は新しいものではありません。 カカオは古代より、飲み物として人と深く結びついてきた植物です。儀式に、薬に、日々の滋養に——液体としてのカカオが、長い歴史の中にありました。 甘い固形のチョコレートとして世界に広まったのは、ずっと後のこと。 カカオ一服は、その原点に立ち返る一杯です。 なぜ、茶筅で点てるのか カカオ100%のチョコレートにお湯を注ぐ。 それだけでは、カカオの脂肪分と水分はうまく混ざり合いません。分離し、香りも十分に立ち上がらない。 茶筅で素早く点てることで、はじめて乳化が起き、香りが解放され、なめらかな一杯になります。 茶筅という道具は、抹茶のために生まれたものです。けれど、カカオと出会ったとき、まるでここに来るべくして来たような自然さがありました。 お客さんによく聞かれます。「どこからこの発想が?」と。 正直に言うと、今となっては思い出せません。カカオと茶筅が、いつの間にか手の中で出会っていた。そうとしか言いようがない。 点てるという所作は、ただ混ぜることではありません。 お湯の温度を感じながら


結晶カカオ
溶けないチョコレートという、新しい問い チョコレートは、溶けるものだと思っていました。 口の中でゆっくりと溶けていく感覚。 その瞬間に広がる香り。 それがチョコレートの体験だと、疑いもなく信じていました。 けれど、ある問いが生まれました。 溶けることで失われるものが、あるとしたら。 届かない香りがある 高品質なカカオは、フローラルな香り、果実のニュアンス、発酵由来の複雑さを持っています。 けれど暑い地域では、チョコレートは溶けてしまうために、味わう前に選択肢から外されることがある。形を失うとき、その繊細な香りの一部も、同時に失われていきます。 カカオの豊かさが届かない場所がある。 その事実が、ずっと引っかかっていました。 和菓子が、ヒントをくれた 日本の和菓子には、溶けなくても香りが広がるものがあります。 噛むことで、素材の香りが解放される。 溶けない=風味がない、ではない。 その気づきが、結晶カカオの出発点でした。 チョコレートの「溶ける」という構造を、問い直してみたら、どうなるか。構造が変われば食感が変わり、食感が変われば香りの知覚が変わる。


ウルバンバの谷と、カカオの記憶
カカオ豆そのものを、初めて口にしたのは、 2022年、パリのサロン・ド・ショコラでした。 チョコレートとしてではなく、 素材としてのカカオに触れたその瞬間、 これまで知っていたものとはまったく違うと感じました。 香りが立ち上がり、 口の中でゆっくりと広がっていく。 その体験は、静かで、しかし確かな衝撃として残りました。 そのとき紹介してもらったのが、 ヨーロッパでカカオ豆の調達を行う、 Cacao LatitudesのValentinaでした。 サンプルとして受け取ったカカオ豆を持ち帰り、 試作を重ねる中で、 ひとつの豆に、強く惹かれていきました。 ペルー、ウルバンバの谷で育つ チュンチョと呼ばれるカカオです。 香りは力強く、 どこか大地を感じるような深さがある。 焙煎によって表情を変え、 繊細さと荒々しさの両方を持っている。 扱うのは、簡単ではありません。 豆は小さく、殻が多く、 チョコレートになる部分は限られています。 それでもなお、このカカオに惹かれ続けているのは、 その不安定さの中にこそ、 他にはない魅力があるからかもしれません。 ウルバ


カカオ碗
唐津の土に宿る、カカオの時間 茶のための碗があるように、 カカオにも、向き合うための碗を。 そう思い続けていました。 小石原焼・森山寛山窯との協働で生まれたカカオハスク茶碗は、 その最初の答えでした。 けれど、探求は続いていました。 カカオをもっとも深く味わうための器とは、何か。 香りが立ちやすい形とは。 手に触れたとき、何を感じてほしいか。 問いを重ねながら、次の器へと向かいました。 唐津焼・健太郎窯との、新たな挑戦 声をかけたのは、唐津焼の健太郎窯でした。 唐津焼は、400年以上の歴史を持つ九州の焼き物です。 「一楽二萩三唐津」という言葉があるほど、 茶の湯の世界で古くから愛されてきた焼き物。 土の質感と、炎が生む表情。 使うほどに手に馴染み、深みを増していく。 カカオと向き合う器として、 これ以上ない土台があると感じました。 ハスクが、再び釉薬になる 釉薬には、前作と同じく、 カカオの殻——ハスク——を灰にした素材を用いています。 チョコレートにはなれないその殻が、 土と炎によって、器の表情になる。 カカオの第二の生命は、 唐津の土の上でも


焙煎は、カカオへの問いかけ
浅煎りと深煎り、その香りの旅 珈琲を淹れるとき、 パンが焼けるとき、 あの香りが漂ってくる瞬間があります。 食欲をそそる、あの感覚。 実はあの香りは、「メイラード反応」という化学反応によって生まれています。アミノ酸と糖が熱によって結びつき、香りを生み出す。焼き鳥もステーキも、美味しそうな香りの多くは、この反応によるものです。 カカオも、同じです。 焙煎という熱によって、 発酵と乾燥の過程で豆の中に蓄積された物質が、 はじめて香りとして解放される。 だから焙煎は、カカオへの問いかけです。 この豆は、どんな香りを持っているのか。 どこまで引き出せるのか、と。 1000種類の香りが、眠っている カカオ豆が焙煎されることで生まれる香りは、1000種類以上といわれています。 残したい風味、引き出したい風味。 そのバランスを考えながら、 最終的な香りをイメージして焙煎を行う。 温度と時間は、カカオの品種、水分、サイズによって大きく変わります。 正解はなく、その豆との対話の中で、 最適な答えを探し続けるしかない。 また、焙煎の可能性は想像以上に広い。...


香りを、見るということ
カカオごとの香の図 チョコレートを口にする前に、 まず、香りが来ます。 鼻に近づけた瞬間に広がるその香りが、 これから口にするものへの期待を、静かに形作っていく。 香りは、味わいの入口です。 けれど香りは、目に見えない。 感じることはできても、言葉にするのは難しく、 人に伝えようとすると、どこかもどかしさが残る。 カカオごとの「香の図」は、 その見えない香りを、目で見えるかたちにするために作った、 オリジナルの指標図です。 源氏香図から、ヒントを得て Photo by 文化遺産オンライン 香道に、「源氏香図」という図があります。 平安時代に生まれた香道は、香りを「嗅ぐ」ではなく「聞く」と表現します。 「聞香(もんこう)」——耳を澄ませるように、香りに静かに向き合う。 その姿勢そのものが、香道の美意識です。 源氏香図は、源氏物語の各帖に対応した香りの名前が記された図で、 参加者が目を閉じて香りを聞き、どの帖かを当てる「香合わせ」という遊びに使われていました。 複雑で見えないものを、 図というかたちで捉えようとした先人たちの知恵。...


カカオの第二の生命
カカオハスク茶碗が生まれるまで ※この茶碗は、カカオハスク釉薬の最初の試みとして、小石原焼・森山寛山窯との協働で生まれたものです。現在は唐津焼バージョンが誕生し、その物語は新たな章へと続いています。 チョコレートを作るとき、 カカオ豆の外側を覆う薄い殻——ハスク——は、取り除かれます。 それは、チョコレートにはなれない部分です。 上質なものはカカオティーとして楽しまれることもありますが、 すべてを使い切ることはむずかしく、 静かに、廃棄されていくこともある。 このハスクを、器にできないか。 そんな問いが、カカオハスク茶碗の始まりでした。 約束から、始まった 相談しようと思っていた窯元があります。 福岡県東峰村で小石原焼を手がける、昔からの知人、小野窯元さん。 けれど、相談の前に、知らせが届きました。 2023年7月。九州北部を襲った大雨により、 東峰村では11軒もの窯元が被災し、 小野さんの工房と窯も、全壊してしまったのです。 言葉を失いました。 それでも小野さんは、前を向いていた。 「復興したら、必ず一緒に作りましょう」 その約束を交わし、 小


日本の思考とガストロノミー
The Jane × カカオごと Antwerp, Belgium 2026 ベルギー・アントワープのミシュラン二つ星レストランThe Janeにて、カカオごととのコラボレーションイベントを行いました。 今回のテーマは、「一期一会」。 同じ食材、同じ場であっても、二度と同じ体験は生まれないという日本の考え方です。 カカオというひとつの素材を通して、ヨーロッパと日本、それぞれの視点がどのように交わるのか。 The Janeでの一夜は、その答えを探る場となりました。 Nick Brilと日本の思考 The Janeのシェフ Nick Bril は、料理を単なる食事ではなく 音楽、空間、時間を含めた体験として捉えており、随所に彼のこだわりが感じられます。 また、彼は日本文化や日本人の考え方にも関心を持っており、コラボレーション当日、彼はインスピレーションを受けた日本の思考について語ってくれました。 特に印象的だったのが、トヨタ生産方式でも知られる「改善(Kaizen)」という考え方です。 小さな改善を積み重ねながら、より良いものを作り続ける。...


カメルーンで見た、カカオ品質を支えるもう一つの現場
Yaoundé, Cameroon 2025 カメルーンを訪れる前、カメルーン産のカカオは品質や管理の面で課題が多いと聞いていました。 アフリカのカカオ産地を訪れるのは初めてで、正直なところ、どんな景色が待っているのか想像がつきませんでした。 現地に降り立ってまず目に入ったのは、赤い土でした。 カカオ産地といえば、深い緑に覆われた風景を思い浮かべます。カメルーンの景色は、その印象とは少し違っていました。 この赤土が、カカオの個性にも影響を与えているのだと、後から知ることになります。 カカオ品質を支えるセンター・オブ・エクセレンス 今回視察したのは、カカオの品質向上と生産者支援を目的に設けられた「センター・オブ・エクセレンス(Center of Excellence)」です。 他の産地でも同様の施設を訪れたことがありますが、ここでも発酵・乾燥の工程、品質評価、生産者への技術指導が丁寧に行われていました。 施設には水道も整えられており、品質管理に必要な環境が揃っています。 農園と市場の間に立つ、重要な場所です。 センターを案内してくれたのは、品質管理


Salon du Chocolat Paris
はじめて世界に立った場所 Paris, France 2023–2025 フランス・パリで開催される世界最大級のチョコレートイベント、 Salon du Chocolat 。 世界中のショコラティエやチョコレートブランド、カカオ関係者が集まるこの場に、カカオごとは2023年から3年にわたって出展しました。 日本ビーントゥバー協会としての出展でしたが、カカオごとにとっては、ブランドを初めて世界にお披露目する場でもありました。 2023年——カカオごと、パリへ 初回となる2023年、カカオごとのワークショップには特別なゲストが加わりました。 Farm of Africa を率いるAsamiさんです。 もともとの出会いは2016年、ニカラグアのカカオツアーでのことでした。その後Asamiさんはウガンダで会社を立ち上げ、高品質なカカオ豆の発酵から販売までを手がけています。 カカオごともFarm of Africaのカカオ豆を使っており、産地と作り手として長く繋がってきた間柄です。 パリでは、Asamiさんにウガンダでの仕事やカカオへのこだわりを話してもら


飲むチョコレート文化
Mörk Chocolate × カカオごと Melbourne Australia 2025 チョコレートは、飲み物としてどのように存在できるのか。 その問いに向き合える街が、メルボルンです。 今回の訪問は、ドミニカ共和国のカカオマスタークラスで出会ったGiselle Weybrecht——サステナビリティ研究者でありホットチョコレート愛好家でもある彼女が、メルボルンのチョコレートイベントに誘ってくれたことがきっかけでした。 そしてGiselleが、メルボルンのホットチョコレートブランド Mörk Chocolate のオーナーJosephinとつないでくれたことで、Mörkの店舗でのワークショップも実現しました。 世界で生まれたつながりが、メルボルンで形になった滞在でした。 チョコレートイベントへの出展 メルボルンで開催されたチョコレートイベントでは、 Mörk Chocolate のブースの一角で、カカオごとの商品を紹介しました。 抹茶はメルボルンでもすでに広く知られていて、街中に抹茶カフェがあるほどです。一方で、桜や柚子はまだ認知度が低


Chocoa
世界の最前線で、カカオごとの表現を届ける Amsterdam, Netherland 2026 カカオの未来が議論される国際的な場、Chocoa。その最前線に立つ機会となりました。 Chocoaは、世界各地のカカオ生産者、チョコレートメーカー、研究者、バイヤーなどが集まる国際的なイベントです。カカオ産業の未来やサステナビリティ、チョコレートの新しい可能性について議論が行われる場でもあります。 今回カカオごとは、ブース出展に加え、Technology & Innovation in Chocolate をテーマにしたセッションで登壇し、さらにワークショップも行いました。 登壇・ワークショップ・ブースそれぞれが異なる形でカカオごとの世界を発信する機会となりました。 「チョコレートは溶けるもの」という前提を問い直す Chocoaの Chocolate Makers Forum では、「Technology and Innovation in Chocolate」というテーマのセッションで登壇しました。 私が話したのは、結晶カカオ——Structure-


Chocolat Portugal
カカオの世界が抱える問いと、そのつながり Porto, Portugal 2023 カカオの世界には、まだ答えの出ていない問いがいくつもあります。 その議論の現場に立ったのが、ポルトでした。 ポルトガル・ポルトで開催された国際チョコレートイベント、Chocolat Portugal。世界のカカオ関係者が集まり、それぞれの立場からカカオの未来について意見を交わす場です。 このイベントを主導したのは、ポルトワインとBean to Barチョコレートを手がけるVinte Vinte Chocolate。ワインとチョコレートという、二つの発酵文化が交わる街で、議論が行われていました。 「Bean to Bar」という名前の問題 カカオごとは、日本ビーントゥバー協会としてブースを出展し、日本のBean to Barチョコレートを紹介しました。 イベント期間中、各国のBean to Bar協会の代表者やカカオ関係者が集まり、議論はある一つのテーマに向かっていきました。 それが、「Bean to Bar」という名前についてです。 トレーサビリティにこだわり、上


ソロモン諸島のカカオと出会う旅
Guadalcanal, Solomon Islands 2024 カカオごとでは、ソロモン諸島のカカオ豆を輸入しています。 そのご縁から、オーストラリア政府が支援するプログラムの一環として、ソロモン諸島を訪問する機会をいただきました。 日本からソロモン諸島までは片道20時間以上。 豊かな自然と多様な文化が息づくこの国で、カカオをめぐる人々の想いに触れる旅が始まりました。 カカオへの情熱に溢れる農家 最初に訪れたのは Amazing Grace Cocoa Farm 。 農園に足を踏み入れてまず感じたのは、その清潔さでした。 人が通る場所には枯れ葉が残らないよう丁寧に掃除がされています。 想像していた以上に整った環境に、少し驚きました。 その佇まいが、オーナーであるグレース・フェカウさんという人を、会う前から伝えていました。 グレースさんは小柄ながら、話す言葉に芯があります。 夫を亡くした後、小さな農園からひとりでカカオ栽培を始め、20年以上かけて今の形に育て上げた人です。 現在では "Amazing Grace Boutique Cocoa &


カカオごとは、どこから生まれたのか
ドミニカ共和国 カカオマスタークラスでの8日間 San Francisco de Macorrís, Dominican Republic 2023 カカオごとを立ち上げる5ヶ月前のことです。 前の仕事を辞め、自分の進む道を改めて考えていた時期に、ドミニカ共和国で開催されるカカオマスタークラスへの参加が決まりました。 何かを探していた、というより、自分の中にあるものを確かめに行った旅だったのかもしれません。 世界中のカカオ関係者が、同じ場所に集まった 主催は、スペシャリティカカオを取り扱うCacao Latitudes。 カカオ生産者、研究者、ショコラティエ、チョコレートメーカーなど、世界各国からカカオに関わる人々が集まる国際教育プログラムで、私はその初回プログラムに参加する機会をいただきました。 8日間、大学での講義とカカオ農園での実践を組み合わせながら、カカオ産業全体を体系的に学びます。 カカオの歴史や植物学から、農園管理、発酵と乾燥、認証制度、物流とマーケット、品質評価まで。 参加者はカカオ農園経営者、メーカーオーナー、ショコラティ


カカオ価格高騰-カカオショックによる今後の影響と新たな変動の兆し
過去数ヶ月でカカオ価格は1年前の3倍以上に急騰し、1トンあたり10,000ドルに達しました。 *この記事は2024年4月時点のカカオ価格状況をもとに書いています。 チョコレート好きとって悲報であり、新たな変動の始まりかもしれないと感じています。現在、大量市場の菓子(ほとんどのチョコレートスナックの主要成分である砂糖の価格も急騰)の価格上昇に直面しています。 これは、ウクライナ戦争が始まった2022年初頭から、チョコレートはその他の多くの商品と同じように小売価格を引き上げた後に起こりました。 カカオの歴史的高騰でチョコレートはこれまで以上のペースで値上がりすると予想されます。カカオショックで恩恵を得るのは、いくつかの大きなヘッジファンドのみで、より複雑で非常に混沌とした状況になります。 ビーントゥバー、クラフトチョコレート(以下:BTBクラフトチョコレート)は常に、高品質で風味豊かなスペシャリティカカオに対して農家に高い価格(コモディティカカオの3〜10倍)を支払ってきましたが、現在、コモディティカカオの価格がスペシャリティカカオより高くなっていま
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